KEEP IT REAL -本物のままで。

メデスキ、マーティン、ウッド(MMW)は、ジャズのフィールドから新しいインプロビゼーションの可能性を追求している。中心となるジョン・メデスキは80年代初頭、フェイク・ジャズとしてシーンを席巻したラウンジ・リザーズのメンバーとして活躍していた。そしてグルーヴの復権を獲得するために生まれたのがMMWだったに違いない。
01年2月、ORGANIC GROOVEで来日した彼らにインタビューした。

PHOTO●RIE KASAHARA
TEXT●TAKASHI KIKUCHI

           

── 結成したのはいつで、その結成までのいきさつを教えてください。
メデスキ 91年、ニューヨークで三人が出会ったんだ。その頃、ボブ・モーゼスというミュージシャンとビリーが一緒にプレイしていて、それを通してお互いの情報を確かめていたというか、噂を聞いていたんだよ。それで、一回セッションしたら盛り上がって、それ以来バンドとして活動するようになったんだ。

── ファーストアルバムは92年のリリースでしたよね。結成当初の活動はライブが中心だったのですか。
メデスキ ニューヨークの「ヴィレッジゲイト」というジャズクラブで、よくプレイをしていたよ。91年の終わり頃に、スタジオでレコーディングを開始した。そして92年にリリースしたんだ。

── 最初の頃からプレイはインプロビゼーションが中心だったのですか。
ウッド みんなのバックグラウンドにはジャズがあるからさ。
メデスキ インプロビゼーションというものがジャズからきているし、そこがコアでベーシックに存在しているものだから。インプロビゼーションは僕らのプレイからはずせない。ジャズの音を、もうちょっとファンキーにしたりだとか、グルーヴを付けてみたりだとか。そういうスタンスでずっとやっているんだ。

── インプロビゼーションを通過して、新しいグルーヴの開拓をしているように感じます。
メデスキ 基本的には目標としてインプロビゼーションがあったわけではなくてね。70年代のフュージョンは、それ以前にあったロックからジャズへの移行というか、ジャズにロックをプラスして作られていったものだったから、僕たちの意見では「チージー(ちょっとかっこわるい)」なんだ。グルービーじゃないしね。80年代にヒップホップがあって、一方でDCから来るゴーゴーがあった。と同時に、スイングのノリが入っていて、それがジャズの流れとうまくマッチしたんだ。スイングのノリがジャズに混じり込むことによって、よりファンキーなものになっていった。アシッドジャズがはじまるちょっと前に、そういうノリをみんなが持っていたんだ。ビリーがいろんなチューンを作れるから、それに合わせて、それぞれがインプロビゼーションを中心に音を作っていく。それがバンドとしての目標なんじゃなくて、あくまでも基本なんだよ。

── 日々のセットリストというのは、プレイの前に決めるものなのですか。
ウッド 両方だね。リストを作らずにその場の感覚で音を作っていきながら全体を構築していく場合と、セットリストを作ることのよって、その曲や流れに集中していく。二つの方法が、ライブにはあるね。

── ライブ、あるいはインプロビゼーションの到達点は自分たちのなかで描いているのですか?
メデスキ 自動操縦にならないようにするのが、心掛けていること。いつも新しくて、最高になるプレイを目指しているよ。
マーティン 毎回、最高のショーができるのが一番の望みだね。

── 新しさを毎回発見できるから、ジャム系のバンドのライブに惹かれてしまうし、同じように思っている若い世代が増えていると思います。
メデスキ ジャムバンド・シーンでも技術的にあまり成熟されてないバンドから、テクニックもインスピレーションも何もかも上のレベルにあるバンドまで、いろいろある。アメリカのオーディエンスはいろんなバンドのショーを見に行って、いろんな音を経験している。僕たちがジャズと言っているのは、40年代、50年代、60年代と続くジャズの歴史を見ると、ジャズにはいつもフレッシュな感覚があった。シーンに必ず若い何かがあった。それを常に自分たちは目標としているし、新しいものが持つインパクトだったりパワーを持っていたいんだ。

── 名門と言われるブルーノートからアルバムをリリースしています。けれどオーディエンスは往年のジャズファンとは違っているのではないですか。
ウッド 聞く人がバンドを決めることであって、僕たちがオーディエンスを決めることじゃないからね。
マーティン 自分たちでいること、あり続けることが大切であって、何になろうなんて思ったこともないよ。
メデスキ 自分たちの音楽をジャンルで括ることはないよ。見て聞いてくれた人たちが判断してくれることなんだからさ。40年代50年代60年代では、ジャズシーンに行っていた人たちというのは、僕たちのショーに来てくれるようなヒップで、ファンキーで、新しいこと、新しい音を求めている人たち、しかも若いジェネレーションが多かったんだ。その頃のジャズシーンは活気があって、今で想像するジャズとは違うものだったと思うよ。

── アメリカでも若いオーディエンスが多いのですか。
ウッド 15歳から25歳くらいまでの、若い層が多いかもしれないね。ツアーでいろんなところを回って、いろんな場所でプレイする。ロック寄りのライブハウスだったり、ジャズだけしかやらないようなクラブだったり。本当にその幅が広いんだ。いろんなミュージックシーンに興味がある人たちにとっても、もっとエキスペリメンタルだとか実験的だったりだとか、そういう音楽に興味がある人が多いんじゃないかな。

── グレイトフル・デッドならデッドヘッズ、PHISHならフィッシュファンズ。MMWに対するそういう熱狂的なファンの名前はあるのでしょうか。
マーティン メッドヘッズかなあ。そう呼んでいるのを聞いたことがあるけれど、自分たちが名前を決めるわけじゃないからなあ。
ウッド デッドヘッズもいるし、フィッシュファンズもいるし、フレンチ系の音が好きな人もいる。ひとつのヘッズじゃないってことが、僕らの特徴なんじゃないかな。
メデスキ 僕らファンのノリはクールだと思うね。

── 去年の12月のライブでは、PHISHのトレイ・アナスタシオがゲストで出演していましたけど、、ゲストを呼ぶことは多いのですか。
マーティン マーク・リボーが多いかな。トレイは二回だし、ジョン・フィッシュマンは一回。
メデスキ 僕たちにはMMWのスタイルがあって、誰にでもオープンではあるんだけど、僕らの美学、僕らのスタイル、僕らの音に合うミュージシャンがジョインしてくれることが、あくまで基本だね。

── トレイが出演したのは、どういう流れがあったのでしょうか。
メデスキ ニューヨーク州のアルバニーでやった時に、彼が突然会場に現れたんだよ。ギターを抱えてね。トレイも「七週間、家から出ていない」と言っていたな。それで弾かなきゃいられないって感じだったよ。

── 日本のメッドヘッズへメッセージを。
マーティン 「KEEP IT REAL」。本物のままで。
メデスキ 耳と精神を大きく開いて、僕らを感じてほしい。

http://www.mmw.net/

 

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